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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)70480号 判決

原告 佐久間静枝

右訴訟代理人弁護士 望月邦夫

被告 中島熊市

右訴訟代理人弁護士 伊礼勇吉

同 伊東隆

主文

一  被告は原告に対し金一五三万七五〇〇円及びこれに対する昭和五五年七月二〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

主文一、二項と同旨の判決並びに仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は昭和五二年当時中島産業株式会社(現商号は東京タワー不動産株式会社、以下「中島産業」という)の代表取締役をしていた。

2  原告は、昭和五二年三月二二日、代理人佐久間重昭(以下「重昭」という)を通じて中島産業に対し金一五〇万円を利息月五分、弁済期同年四月二二日として貸渡した(以下「本件貸金」という)。本件貸金はその後弁済期が同年五月二二日と変更され、その支払のために振出人中島産業、支払期日昭和五二年五月二二日とする額面一六〇万五〇〇〇円の約束手形の振出交付を原告は受けたが、右手形が不渡となったため、原告は本件貸金元金一五〇万円及び二か月間の利息制限法範囲内の利息三万七五〇〇円の合計金一五三万七五〇〇円の損害を受けた。

3  中島産業は、本件貸金のなされた昭和五二年三月当時、既に営業不振、放漫経営により資金繰りに窮しており、本件貸金を弁済期に返済できないことは明白であったにもかかわらず、中島産業の代表者であった被告はあえて本件貸金の借入をなしたものであるから、取締役の職務を行うについて悪意または重大な過失があったものというべく、商法二六六条の三により原告の受けた前記損害を賠償すべき義務がある。

よって、原告は被告に対して右損害金一五三万七五〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五五年七月二〇日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1項の事実は認める。

2  同2項の事実のうち、弁済期が昭和五二年五月二二日と変更されたこと、本件貸金の支払のために原告主張の手形が振出されたが不渡となったことは認めるが、その余の事実は否認する。本件貸金の貸主は原告ではなく重昭である。

3  同3項は否認する。中島産業は、昭和五二年三月当時、円滑に営業を継続していたのであって、被告は中島産業がその後手形不渡を出し倒産するとは予想だにしなかった。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因1項の事実は当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、原告と重昭の関係は原告の夫の父が重昭であること、重昭は昭和五二年三月二二日に中島産業の代表取締役である被告より借入金の申込を受け、自分は手元不如意なので原告名義で貸す旨を告げ、原告の承諾を得たうえその貯金から一五〇万円を引出して弁済期を同年四月二二日、利息月五分の約で中島産業に貸渡したことが認められる。右認定事実及び弁論の全趣旨からして、当裁判所は本件貸金の貸主は原告であり、原告が代理人である重昭を通じて中島産業に貸渡したものであって被告はそのことを知っていたものと認める。本件貸金はその後弁済期が同年五月二二日と変更されたこと、そしてその支払のために原告主張の手形が振出されたが不渡となったことは当事者間に争いがない。以上のことからすれば、原告は本件貸金によりその主張のとおり元利合計金一五三万七五〇〇円の損害を受けたことに帰する。

そこで、本件における中心的争点である請求の原因3項の事実について検討する。《証拠省略》によれば、本件貸金のなされた昭和五二年三月当時中島産業は健全な経営には程遠く資金繰りに追われていたこと、そしてその資金繰りも自己資金によるよりはいわゆる街の高利貸やスポンサーである鈴木忠行から借入れ、さらには手形の支払期日の延期等によって何とかしのぐという自転車繰業の毎日であったこと、したがって金策や手形の期日の延期が一つでも齟齬を来せばたちまち不渡を出さざるをえない状態にあったこと、中島産業の代表者たる被告は伝てを頼って原告や重昭のような金融を業としない者からも高利を支払うことを条件にして借入れをなすようになったが、スポンサーや高利貸に対するのと比較すると軽んじており、その返済も後回しにしがちで、本件貸金についても当然のごとく二度の弁済期とも支払の延期を申出ていること、最初の弁済期に中島産業は本件貸金を決済する余裕がなく、延期された弁済期たる昭和五二年五月二二日に中島産業はスポンサーである鈴木忠行から三〇〇万円を借入れる等金策をなしたが、同日(日曜日)及び翌日決済の手形資金の調達が出来ず不渡を出してしまったこと、なお、右同日訴外有限会社佐久間工務店は中島産業を通じて鈴木忠行から六五〇万円の借入れをなしているが、これは中島産業が注文し右佐久間工務店が請負った建売住宅三棟を鈴木が引継ぐという見返りがあったればこそであることが認められる。以上の認定事実からすれば、中島産業の代表取締役たる被告は決済の見込みがほとんどないまま本件貸金の借入れをなしたものと言わざるをえず、被告の右行為は取締役としての職務を行うについての悪意または悪意に近い重大な過失にあたると当裁判所は判断する。

二  したがって、被告は原告に対し商法二六六条の三に基づき右損害金一五三万七五〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和五五年七月二〇日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よって、原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 市瀬健人)

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